09 騎西領与百間村水論裁許状、騎西領落堀堰論裁許状
- [初版公開日:]
- [更新日:]
- ID:2673
騎西領落掘堰論裁許状(裏面に絵図あり)
元緑6年(1693)に百間領西原村・西村・東村・道仏村と久米原村・須賀村・爪田谷村との水争いの裁許状です。当時笠原沼は騎西領落掘(のちの爪田谷落掘)が流れ込んでおり、下郷の用水を引く溜め池の役割を担っていました。百間領の村々は道仏橋下に堰を造り田んぼに用水を引いていましたが、水が不足したため騎西領落掘が笠原沼に流れ込む場所に新たに堰を造りました。その結果、久米原村などの田んぼに水が逆流し稲が収穫できなくなったため争論となったのです。幕府の裁判の結果、用水を引くための堰自体は認められましたが、堰を造るにあたって造られた橋台は取り除くうえ、川幅を規定通りにするよう求めました。裏面の絵図は笠原沼新田開発前の絵図です。宮代町で初めて笠原沼の絵図が発見されました。
騎西領与百間村水論裁許状
お問い合わせ
宮代町役場教育推進課文化財保護担当(郷土資料館)
電話: 0480-34-8882
ファックス: 0480-32-5601
電話番号のかけ間違いにご注意ください!