鬼退治、神功皇后、神功皇后と竹内宿称
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鬼退治

2人の武者と、縛り上げられた赤鬼と篭から逃げ出そうとしている3匹の小鬼が画かれている。左の武者は鬼を篭にはき入れるためかほうきを手にしている。源頼光が坂田金時や渡辺綱などの家来を従えて大江山の鬼退治をした様子を描いたものであろう。
武者の裏に松が描かれているが、これから生まれる家の後継ぎを待ち望むといった願いや、七五三などのお祝いに子供がこのような立派な男子に成長するようにとの願いが込められたものであろう。(表No.21)
神功皇后

流れに太刀であろうかかざしている神功皇后と、手前にひかえる竹内宿称を描いたもの。神功皇后の顔には剥げ落ちたのであろう目や口などみられない。文政3年に奉納されたもので、裏面に「鍛冶庄」とあり、なんらかの鍛治師が奉納したものと思われる。縦長のこの種の絵馬は1点だけであり、ケヤキ材を用いた重圧な作りをしている。(表No.23)
神功皇后と竹内宿称


神功皇后は、4世紀後半頃の大和朝廷の女王。第14代仲哀天皇の皇后で応神天皇の母である。新羅を征伐してのち応神天皇を生み、応神天皇在位までの69年もの間政事を見たという。一方、竹内宿称は神功皇后が新羅征伐の前に神託を乞うた時に審神者になったと伝えられる。いずれも、伝説上の人物。
上下の2点の絵馬は同様のものであり、右に神功皇后、左に竹内宿称が描かれ、竹内宿称は応神天皇であろうか子供を抱いている。上の絵馬には、「サッテ国水画」との絵師の銘が記されている。幸手市内藤内香取八幡神社の絵馬に「豊楽堂国水」との銘のあるものがあり、同一の絵師であろうか。この他にも幸手市内には明治の年号のある国水の絵馬が幾つかある。こうしたことから、この絵馬は年号が記されていないが、明治時代のものと推定できる。夫婦で奉納していることから、丈夫な子供の誕生を願い奉納したものであろう。また、下の絵馬も松が描かれていることからやはり丈夫な子供を持つ(松)という趣旨から奉納したものと思われる。(表No.25・26)
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