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平成25年度 町指定文化財に多少庵関係の句碑と俳額を指定

[2016年11月29日]

ID:3563

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平成25年度 町指定文化財に多少庵関係の句碑と俳額を指定

宮代町教育委員会では文化財を保護するため、宮代町文化財保護委員会で2年に渡り検討し、貴重なものを町の文化財として指定しています。

今回指定されたのは俳額と句碑で、いずれも百間の俳諧結社「多少庵」関係のものです。

多少庵は百間や杉戸、春日部、岩槻、羽生、行田、加須や東京の地名もあることから、広範囲な広がりのある俳諧結社であったと推定され、当初は江戸にありましたが、4世島村鬼吉の時代に百間に移されました。
今回指定されたのは有形文化財が3点で、1つ目は五社神社の句碑です。多少庵の中心人物であった百間東村(中寺)の中野南枝の句碑です。造立者の一人には除松(島村鬼吉)の名が見られます。句碑設立の補助として忍領連、騎西領連、幸手領連、庄内領連、新方領連、百間領連と刻まれており多少庵に属する俳人が広範囲に広がっていたことが分かります。
2つ目は五社神社の俳額です。多少庵の中心人物であった百間中村(西)の島村鬼吉の句を筆頭に多少庵に属する俳人の句が記されています。多少庵2世の江戸に住まいした日下部波静の句や後に多少庵3世を追号される故人の中野南枝の句も記されています。ちなみに島村鬼吉のひ孫が英文学者の島村盛助です。
3つ目は姫宮神社の俳額です。多少庵に属する姫宮の萩原常盤が願主となって、文化8年(1811)に作成しました。この当時はまだ、多少庵は江戸深川にありました。多少庵2世の日下部波静の句も含まれますが、最高位には地元百間出身の春暁亭(中野)南枝の句が記されています。
今回の指定により、町指定文化財は、合計で31件となりました。

多少庵俳額(五社神社)

多少庵俳額(姫宮神社)

多少庵句碑(姫宮神社)

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