ページの先頭です
メニューの終端です。

郷土資料館本館と野外施設

[2016年11月14日]

ID:1674

ソーシャルサイトへのリンクは別ウィンドウで開きます

野外には縄文時代の復元住居や江戸時代の移築民家などがあり、民具などの寄贈資料の展示のほか、体験学習の場としても活用されています。

郷土資料館本館

郷土資料館本館写真1
郷土資料館本館2
館内では、常設展示のほか年4~5回の企画展示や歴史講座・体験学習教室が行われています。

旧加藤家住宅(町指定文化財)

旧加藤家住宅は宮代町本田(旧蓮谷村)の加藤家より移築・復原されたものです。加藤家は江戸時代初期から明治初頭まで代々蓮谷村の名主を勤めていました。
面積は約240m2(約72坪)という大きな住宅で、広い土間と四間取りを基本とした田の字型の座敷、主客の間、ツノと呼ばれる付属屋が設けられています。文化10年(1813)前後に建てられたものと推定されます。

旧斎藤家住宅(町指定文化財)

斎藤家母屋

斎藤家土蔵

斎藤家物置(米蔵)

旧斎藤家の母屋・蔵・物置の3棟は元々この場所にあったものです。以前は納屋もありました。
斎藤家は江戸時代中期から後期にかけて百間西原組の名主や組頭を代々勤めてきました。
旧斎藤家には明治時代に建てられたと伝えられる母屋を中心として、蔵や物置(米蔵)があり、農家の屋敷の配置をそのままに残しています。母屋は187m2(約57坪)の面積です。内部は「田の字」型(四間取り)となっており、さらに6畳の奥座敷があります。周囲には屋敷林があり、「西原自然の森」の大切な緑であり、屋敷の配置とともに、この地域の農家の特徴的な景観をみせています。

旧進修館(町指定文化財)

現在の進修館(西原自然の森内)

移築前の進修館(百間小学校内)

明治5年(1872)の学制発布に伴い、町内にも4つの学校が開設され、その1つに百間小学校の前身である進修学校がありました。明治6年西光院を校舎として開校し、同7年進修学校と称されました。明治8年には宝生院、同43年には現在の場所に移転、名称も進修学校から百間学校、百間小学校などと称され今日に至っています。
旧進修館は明治44年10月建築された建物です。建学の精神を忘れないようにとの思いを込めて建てられたもので、明治時代の建築としても貴重な建物です。

縄文時代の復元住居

当館のある「西原自然の森」は敷地全体が縄文時代早期から前期を中心とした大規模な遺跡で、当時の住居跡10数軒が発掘されています。この住居は資料館の敷地内から発掘された縄文時代前期(5千年前)の住居跡をモデルに復元されたものです。

ご意見をお聞かせください

  • このページは役に立ちましたか?

  • このページは見つけやすかったですか?