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あしあと

    平成18年度山崎遺跡発掘調査速報

    • [公開日:]
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    平成18年度山崎遺跡発掘調査速報

    第1号住居跡出土の土師器
    平成18年12月5日から平成19年2月9日にかけて、山崎遺跡で発掘調査が行われました。今回発掘調査を実施した地点は台地の縁辺部にあたり、昭和62年度に町道建設に伴い発掘調査を実施した地点に隣接します。発掘調査の結果、古墳時代後期の住居跡が1軒、縄文時代の土器を捨てた穴や貯蔵穴などの土坑が19基、縄文時代の調理の場である炉穴が23基、江戸時代以降の穴が3基発掘されました。古墳時代後期の住居跡は今から約1,500年前のもので住居跡南西側中央に竈(かまど)が備え付けられていました。竈からは炭化材や焼土が多数出土しています。煙の通った穴も確認できました。この竈に隣接して土師器(はじき)と呼ばれる当時使われた土器がほぼ完形で見つかっています。この住居跡は住居全体の約1/2を検出したに留まりますが、恐らく主な柱穴(はしらあな)が4本の住居跡と推定されます。この住居跡の壁際には周溝と呼ばれる溝が確認されました。この付近から炭化材が出土していますので、壁際に板などで土留めしていたものと推定されます。一部東側で周溝がない場所がありました。この付近の床面は高くなっており、出入り口と推定されます。縄文時代の土坑からは、今から約7,000年前から6,000年前と約3,500年前の土器が出土しています。縄文時代早期後半から前期初頭(約7,000年前から6,000年前)の土坑からは、集石を伴う遺構や非常に大きく深い穴などが発掘されました。縄文時代後期前半(約3,500年前)の土坑からはほぼ完形の土器などが纏まって出土しています。また、町内で初めて発掘された土偶の脚の一部も見つかりました。縄文時代早期後半から前期初頭(約7,000年前から6,000年前)の調理の場である炉穴は23基発掘されました。中には多数の土器がそのまま埋められていたものもありました。いずれの炉穴も底面が非常に焼けています。今回の調査ではこのように非常に大きな成果がありました。特に出土した土器の量は非常に多いといえ、これから詳細に出土した遺物を分析・整理することで宮代町にとって新たな発見があるかもしれません。現在、道仏土地区画整理事業地内でも発掘調査が進められています。こちらからも多数の住居跡が見つかっており、後日、調査の速報を記載したいと思っています。

    第1号住居跡検出作業

    第1号住居跡(約1500年前)

    第1号住居跡竈の実測作業

    第1号住居跡検出作業

    第1号住居跡竈の断面。赤い所が焼土。

    第1号住居跡土師器の実測作業

    第7号炉穴遺物出土状況(約6500年前)

    第15号炉穴。中央赤い所が焼土

    第15号炉穴。焼土の断面

    縄文時代の装飾品(ペンダント)(約6500年前)

    第13号土坑の遺物出土状況(約3,500年前)

    第13号住居跡遺物出土状況のアップ

    第13号土坑の完掘状況

    第1号土坑の遺物出土状況(約3,500年前)

    第10号土坑から出土した土偶(約3,500年前)

    土偶の脚部を裏から見て

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    宮代町役場教育推進課文化財保護担当(郷土資料館)

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